こんにちは。社会保険労務士の志賀です。
今回は、「会社は労災認定に不服申し立てできるか?【最高裁が判断】」についてお話をします。
今回はタイトルが少し分かりにくいかと思います。
労災とは、仕事中に怪我などをした場合に、労災保険から給付を受けることができる制度です。
被災した労働者は、仕事中に業務が原因で怪我をしたのであれば、通常労災認定をされまして、治療費の全額が出ますし、休んでいるのであればその間の所得補償(およそ給料の8割)も労災保険から出ます。
もしこれが労災認定されなければ、従業員さんは自分の健康保険(多くの場合は3割負担)で治療を受け、休業した場合には健康保険から傷病手当金が出るのですが、これも給料のおよそ6割、期間も1年半と定められています。
そういうわけで、労災の方が手厚いのです。
ですから、従業員さんからすると、労災扱いの方が有利というのは間違いなく、仕事中に起きた業務が原因の怪我であれば労災となり、ここに争う余地はありません。
会社の方も当然それを証明してあげて労災の手続きを取ってあげるということになると思います。
ただ、「それ本当に業務が原因なの?それは本当に労災にすべき案件なの?」と争うようなケースがあるのです。
例えばうつ病などの精神疾患ですね。
これは、従業員さんの立場からすれば業務が原因だと言いたくなりますよね。
労災の方が、治療費は全額出ますし、休業している間も給料の8割が出るということで、保護が手厚いですから。
しかし会社の方は、長時間労働をさせたわけでもパワハラがあったわけでもないなら、それは業務災害ではないから労災じゃないでしょうと、手続きはしませんよ、という風に両者の意見が対立することがあります。
労災の手続きというものは本来従業員さんがするものですので、自分で手続きができるのですけれども、その結果、その怪我や病気が実際に労災認定された場合に、会社はそれに対して「それは労災ではないです。取り消してください。」というように不服申し立てができるかというお話です。
それではなぜ会社は労災ではないようにしたいのでしょうか。それは、それによって会社に影響があるからです。
会社への影響
まず1つ目が、損害賠償請求です。
例えば精神疾患になり、その結果自殺してしまった場合、その精神疾患が労災認定されたということは、業務が原因だということになりますから、「会社には安全配慮義務があるので、賠償責任がありますよね」と、損害賠償請求をする材料になります。
直接的に、労災認定された=安全配慮義務違反があった=損害賠償責任があるということではないですが、因果関係はありそうですし、リスクは高まります。
もう1つは、会社が負担する保険料が上がります。
メリット制という制度がありまして、これについては別の動画で解説していますので、詳しくはそちらを見て頂ければと思います。
簡単に言ってしまえば、一定規模以上の会社が労災をたくさん使った場合に保険料率が上がり、あまり使わなかった場合には保険料率が下がるという制度です。
場合によると、その労災が認定されることによって会社は保険料が上がるということがあり得るのです。
そういった事情もあり、会社としては、労災認定を取り消してもらいたいと思うことがあるのですが、そういった不服申し立てはできるのでしょうか。
これは今まで、様々な意見があり、問題になっていたのですが、それがとうとう決着が着いた、というお話なのです。
令和6年7月4日、最高裁の判断が出ました。
どういった判断が出たのかと言いますと、
①労働者が労災認定された場合、会社は不服申し立てができない
会社と書いてありますが、法人化していない場合もありますので、これは事業主です。分かりやすいように、「会社」として説明をしていきます。
「労働者が労災認定された場合、会社は不服申し立てができない。」と判断が出ましたが、その理由は、労働者が労災認定をされて保険の給付を受けることによる会社への直接的な不利益がないためです。
不利益がないことによって、会社はこういった不服申し立てをする立場にない、資格がないということです。
労災保険の目的は、労働者への迅速かつ公正な保護であり、仕事中に怪我をした労働者には速やかな労災認定が必要であるので、それが後から会社による不服申し立てでひっくり返ってしまうと、保護の制度自体が不安定なものになってしまう、ということです。
②メリット制による保険料の引上げには不服申し立てができる
これは、労災認定があり、メリット制が実際に適用されて保険料率が上がり、保険料が上がった時点で、会社にとって不利益が発生しますので、ここに至って初めて会社は不服申し立てができますよ、ということなのです。
さきほども説明したように、メリット制というのは一定規模以上の会社に適用されるものでありますので、小さい会社には関係ない話です。
そして、ある1件だけ労災認定されたとしても、直ちにメリット制の適用があって保険料が上がるということではありません。
ですから、1件だけで直接的にという話ではないのですが、その結果実際にメリット制が適用されて保険料が上がってしまったのであれば、その保険料の引き上げに対して不服申し立てはできるのだ、とこういうことです。
不服申し立ての根拠は、「この労災認定、労災認定基準を満たしていないじゃない。労災認定したこと自体がおかしいでしょ。だからその結果、保険料が引き上げになっちゃうのは勘弁してよ」という話なんですね。②はできるので、これが認められることは当然あります。
③保険料の引き上げが取り消されても労働者への保険給付は覆らない
②の不服申し立てにより、「この労災認定は、労災基準を満たしていない労災認定だった」として、会社の保険料の引き上げが取り消された場合でも、労働者への保険料の給付は覆りません。
なぜなのかというと、労災保険の目的が、被災労働者の迅速かつ公正な保護であるからです。
労働者の立場が不安定にならないよう、保護に欠けることがないよう、こういった場合でも保険料給付は覆らないということになります。
労災認定と安全配慮義務
直接繋がらないにしても、労災認定されると、「会社は安全配慮義務がありましたよね、損害賠償責任を取ってください」と、こういうことを言われることがあるわけです。
会社としては嫌ですよね。
今回の判断により、労災認定されたことに対して不服申し立てができないが、メリット制による保険料の引上げには不服申し立てができる、その裁判の過程でこの労災認定は違っていたという様な話が出てきます。
メリット制による保険料の引上げが取り消された場合には、労災認定基準を満たしていなかったということですから、もし損害賠償請求をされた場合にも、これは労災認定基準を満たしていませんでしたという風に反論する材料になります。
ただし、ここで注意しておきたいのが、労災認定=安全配慮義務違反ではありませんし、逆に言えば、労災認定基準を満たしていない=安全配慮義務違反がなかったということでもない、ということです。
両者は直接的には繋がりません。因果関係が少しある、ということです。
こういった不服申し立てを使うケースが今後出てくるかもしれません。
いかがでしたでしょうか。
今回ややこしい説明をしましたが、ある事故が起きて従業員さんが怪我又は病気になってしまって、それを業務が原因かどうかと後から議論するよりも、一番大事なのは、従業員さんが安全に業務をすることができて、怪我や病気をしないことです。
それが労災認定されようがされるまいが、従業員さんが安全に健康に働けるような職場を作ること、会社はそこに対してしっかりと配慮していただけたらと思います。
今回は、「会社は労災認定に不服申し立てできるか?【最高裁が判断】」についてお話をしました。
少しでも参考になれば幸いです。
執筆者
志賀 直樹
社会保険労務士法人ジオフィス代表
300社以上の労務管理をサポートしてきた経験を活かし、頻繁な法改正への対応や労働トラブル解決を中心に、中小企業に寄り添ったサービスを行う。
保有資格
・特定社会保険労務士
・キャリアコンサルタント(国家資格)
・2級キャリア・コンサルティング技能士
・産業カウンセラー
・生産性賃金管理士
・日商簿記1級
・ラジオ体操指導員